乳癌治療の最新トピックス
~ラジオ波焼灼(しょうしゃく)治療を中心に~

取材・構成:リノ・メディカル株式会社

NO.1 「患者さんにやさしい治療」を求めて


杏林大学医学部外科(乳腺)教授
井本 滋(いもと しげる)

最近、新しい乳癌の治療法として注目を浴びているのが、身体への負担が少ない低侵襲(ていしんしゅう)治療です。このうちラジオ波焼灼(熱凝固)治療は、すでに肝細胞がんにおいて保険適用が認められ、広く認知されるようになりました。乳癌についても、メスを使わない治療として注目され、一部では臨床応用も行われていますが、適応基準の策定や再発時の対策などの課題もあり、安易な取り組みに対する警鐘がならされています。

そこで、杏林大学医学部外科教授の井本滋先生に、ラジオ波焼灼治療とはどのような治療法か、どのような点が課題となるのか、ご施設での臨床研究の取り組みを踏まえてお話しいただきます。

ポイントは、根治性の維持と整容性の高さの両立

乳癌の治療は進歩が著しく、最近ではメスを使わない低侵襲の治療が注目されるようになってきました。乳癌における低侵襲の治療とはどういうものか教えてください。

井本一般に低侵襲とは、患者さんの身体への負担の少ない治療のことをいいます。

以前まで、乳癌の治療は、再発防止のために広い範囲を切除することが一般的でしたが、近年は、センチネルリンパ節生検や乳房温存手術が標準治療として行われるようになり、より負担が少ない治療が選択できるようになりました。

これは、乳癌に関する数多くの臨床試験の結果、大きな手術を行っても生存率は向上しないことや、全身的な治療である薬物治療が生存率の向上に寄与していることなどが関係しています。

さらに、最近では、患者さんのQOL(生活の質)を重視して、乳房の形を美しく保ち、しかも短期間での社会復帰が可能となる低侵襲の治療法が注目されるようになりました。

もちろん、がんの治療である以上、体にいくらやさしくても、がんが残ってしまったのでは、本末転倒です。もともと乳癌は、身体の表面にできるがんの一つですので、心臓や肺、腹部などの手術に比べると、乳癌の手術そのものの侵襲性は低いといえます。

ですから、低侵襲といいながら、根治性はきちんと維持して、しかも整容性の高い治療となることが重要と考えます。

そうした低侵襲治療の一環として、ラジオ波焼灼治療が注目されています。どういう治療法か教えてください。

ラジオ波焼灼治療 説明図
がん細胞は70℃以上の熱を浴びると、タンパクの熱凝固によって短時間で死滅します。ラジオ波焼灼治療は、電極となるニードルからラジオ波を発生させ、90~100℃の摩擦熱(ジュール熱)を発生させることで、がん細胞を熱凝固させ死滅させる治療法です。使われるラジオ波はAMラジオと同じ周波数の電磁波です。

井本ラジオ波焼灼治療は、熱によってがん細胞を死滅させる治療法です。

まず、ニードルと呼ばれる電極針を超音波ガイド下に腫瘍に刺します。次に、ラジオ波を発生させるとニードルが加熱し、がん細胞を熱凝固させて死滅させることができます。

治療直後は針を刺した跡が残りますが、時間がたてばほぼ消えてしまいますので、傷は残りません。原則的には、全身麻酔で行う施設が多いと思いますが、局所麻酔による日帰りでの治療も可能です。

ラジオ波による非切除治療は、肝細胞がんではすでに2004年に保険適用が認められ、標準治療として行われるようになっています。

ただし、乳癌におけるラジオ波焼灼治療は、現段階では臨床試験として行われる治療であり、日常的に行う治療法という位置づけではありません。実際、長期的な治療効果は確認できていませんし、適応や手技、効果判定などの検証も必要です。

これらについては、日本のいくつかの施設で臨床試験を行っており、当施設(杏林大学病院)でも臨床試験を進めておりエビデンスの構築に力を注いでいるところです。

早期の乳癌のなかでも対象はかなり限定的

ラジオ波焼灼治療は、どういう患者さんに行われるべき治療ですか?

井本 私の施設では、「しこりが2cm以下」の早期の乳癌であることや「皮膚から距離があること」「乳管内進展がない(あるいは非常に限局している)」こと、「センチネルリンパ節生検をして転移がない」ことを臨床試験の適応条件にしています。センチネルリンパ節に転移がある場合は、再発リスクが高いと考えられ、現在行っている臨床試験では不適格条件なので、ご本人の強い希望がある場合でもお断りしています。

なかには、さらに厳しく「しこりが1.5㎝以下」を適応条件にしているところもありますが、いずれにおいても、2cmを超えたがんや、広がりのあるがんに対しては適応にはなりません。

杏林大学病院における
乳癌ラジオ波焼灼治療の適応基準(抜粋)

  • しこりが2㎝以下
  • 画像上で乳管内進展がない(あるいは非常に限局している)
  • 皮膚から距離があること
  • センチネルリンパ節生検で転移が認められない

希望すれば、誰でも受けられる治療ではないのですね。

井本ええ、かなり限定的と考えていただいた方がよいでしょう。もともと乳癌は比較的予後のよい疾患ですから、適応を広げたため、再発が多くなってしまっては倫理的にも医学的にも許されません。ラジオ波焼灼治療でも切除手術でも、再発の可能性は残りますが、少なくとも従来の外科手術と同等レベルの治療成績が得られることが必須条件です。

もちろん、ラジオ波だけで乳癌の治療が完結するわけではありませんので、必要に応じて、放射線治療や薬物治療を受けていただきます。こうした点は、乳房温存手術や乳房切除術の場合と全く同じです。

ラジオ波の治療を受けるにあたり、考慮すべきことがあったら教えてください。

井本ラジオ波によってがんを焼いてしまうと、がん細胞の性質を判断するためのより詳細な情報は失われてしまいます。がん細胞の詳しい情報は、万が一再発したとき、治療方針を決めるうえで重要な情報源となりますので、組織をまるごと切除して調べることができる手術に比べると、ウィークポイントの1つといえるでしょう。

従って、悪性度が高く、再発の危険性が高いと考えられる場合は、適応条件を満たしていても、切除手術を勧めるようにしています。

たとえば、こんな例がありました。

その方は、抗がん剤の術前治療によってしこりが2cm程度に縮小しており、センチネルリンパ節への転移もなく、臨床試験の適応条件には合致していたため、ラジオ波による治療を強く希望されていました。しかし、がんの性質を調べたところ「トリプルネガティブ」といって薬物療法の選択肢が限られた悪性度の高いタイプだったので、ラジオ波焼灼治療ではなく切除手術をお勧めしました。幸い、しこり自体は小さかったので、それほど大きな傷も残らず手術を終えることができました。

ラジオ波焼灼治療は、切除手術にないメリットがありますが、適応を誤ると再発につながる危険もありますので、適応条件に関するより信頼性の高いデータを積み上げていくことが必要でしょう。

ラジオ波焼灼治療の費用はどれくらいかかるのでしょうか?

井本この治療は保険の適用がないので、臨床試験であっても基本的に自費診療で受けていただきます。

自由診療なので費用は施設ごとに異なりますが、だいたい30万円前後くらいではないかと思います。当施設の場合は、費用の一部は研究費で賄っていますので、入院費を含めて20万円程度です。

ラジオ波焼灼治療を希望する場合、患者さんはどうやって施設を探すとよいのでしょうか?

井本臨床試験を行っている施設を尋ねるのが最も近道だと思います。

東京近郊では当施設や国立がん研究センター中央病院、国立がんセンター東病院などで臨床試験が行われています。適応基準はその試験の内容によって多少異なりますが、それぞれ大変厳しい条件のもとで研究的な治療を行っていますので、そういう施設を選ばれると安心だと思います。

また、現在受診されている施設の乳腺専門医にお尋ねになってみるのもよいと思います。乳腺専門医であれば、ラジオ波の適応があるかどうかについて判断してもらえると思いますし、適切な施設を紹介してもらうことも可能です。適応がないのに施設探しに奔走しても無駄足になってしまいますから、まずこの点から相談されるとよいでしょう。

なお、一部の医療機関では、適応の限度を超えてラジオ波焼灼治療を実施しているところもありますが、再発の危険性が高まりますので、そういう施設はお勧めできません。安易な情報をうのみにせず、まず専門医の話を聞き、十分検討したうえで決めていただくことが大切だと思います。

プロフィール

井本 滋(いもと しげる)  杏林大学医学部外科(乳腺)教授

1960年東京都生まれ。1985年慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部一般消化器外科、足利赤十字病院外科などを経て、1992年国立がんセンター東病院乳腺外科にて14年勤務。 2007年より現職。
センチネルリンパ節生検の国内での標準化に貢献した乳癌治療のスペシャリストの1人。バイオマーカーや新しい低侵襲手術に関する臨床研究においてもアクテイブに活動し、現在、乳管内進展の少ない2cm以下の乳癌を対象としたラジオ波焼灼治療の第II相臨床試験を行っている。また、国内外の臨床試験にも積極的に参加している。2012年日本乳癌学会のサテライトシンポジウム「乳癌ラジオ波焼灼療法-これまでとこれから」において「乳癌低侵襲治療の今後」をテーマに講演している。
日本外科学会専門医 日本乳癌学会専門医 日本がん治療認定医 日本乳癌学会理事 日本癌学会評議員 など