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「標準治療について理解を深めましょう」

最終更新日 2017年6月20日
取材・構成:リノ・メディカル株式会社

NO2. サブタイプ分類と個別化治療に向けた取り組み

乳癌治療は、癌の性質や病期(ステージ)、全身状態、年齢、合併症の有無などに加え、患者さんの希望を考慮しながら治療法を決めていきます。治療法には、手術(外科治療)、放射線治療、薬物療法の3つに大きく分けられます。
今回は、日本乳癌学会専門医の杏林大学医学部外科(乳腺)教授 井本滋先生に、個別化治療と薬物療法についてお話を伺いました。

サブタイプ分類を踏まえた薬物治療の進め方

乳癌の薬物療法は、病期(ステージ)、再発リスクなどに応じて行われます。また、乳癌は、他のがんと比べて患者さんごとに適した治療を行う「個別化治療」が進んでいます。最近は「サブタイプ分類」が重要視されていますが、これについて詳しく教えてください。

井本乳癌は、生物学的特性の異なる様々な種類の細胞で構成されています。また、生物学的特性によって治療への反応性が異なり、遺伝子解析の結果をもとに、大きく図1に示したような5つのサブタイプに分類できることが分かっています。ただし、日常診療では遺伝子解析を行ってサブタイプ分類をするのが難しいため、免疫染色で代用し、5つのサブタイプに分けています。

図1乳がんのサブタイプ分類
推奨される治療法
増殖能 ホルモン受容体陽性1) ホルモン受容体陽性
HER2 陰性 低い ルミナールA
ホルモン療法2)
トリプルネガティブ
化学療法
高い ルミナールB(HER2 陰性)
ホルモン療法+化学療法
HER2 陽性 問わず ルミナールB(HER2 陽性)
ホルモン療法+化学療法+抗HER2療法
HER2タイプ
化学療法+抗HER2療法
1)ホルモン受容体陽性:エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)のどちらか一方、または両方ある場合。
2)リンパ節転移が4個以上など再発リスクが高いと考えられる場合は、化学療法の適応を考慮することもある。

サブタイプというと特別なものに聞こえるかも知れませんが、この図を見てわかるように、従来から言われてきた生物学的特性である「ホルモン感受性の有無」や「HER2の発現状況」、「増殖のしやすさ」をもとに分けられており、もともとあった考え方がサブタイプとしてきちんと整理された、と考えればいいでしょう。

つまり、女性ホルモン受容体である「エストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PgR)が陽性の症例のうち、①増殖能が低く、HER2陰性のものは「ルミナールA」、②増殖能が高く、HER2陰性のものは「ルミナールB(HER2陰性)」、③HER2陽性のものは「ルミナールB(HER2陽性)」に分けられ、さらに、④ERとPgRが陰性で、HER2のみ陽性の場合は「HER2タイプ」、⑤ER、PgR、HER2が共に陰性の場合は「トリプルネガティブ」に分けられます。そして、各サブタイプの生物学的特性に応じて、「ホルモン療法(内分泌療法)」、「化学療法」、「分子標的療法(抗HER2療法)」のいずれかを単独または組み合わせることになります。

また、最近の乳癌治療の進歩の中で、特筆すべきことは抗HER2療法薬であるハーセプチンの登場です。これにより、予後不良と言われてきたHER2タイプの乳癌の予後が大幅に改善しました。乳癌では、こうしたテクノロジーの進歩が創薬と結びついたことが、サブタイプ別の個別化治療の推進を後押しする大きな原動力になっていると思います。

乳癌薬物療法の種類

乳癌は比較的早期から、目に見えない微細ながん細胞が全身に散らばり、微小転移を起こしやすいと考えられています。このため、微小転移を伴っているリスクが高いと考えられる場合は、再発予防のため、乳癌の性質に合わせた薬物療法を行います。
再発予防の効果が確認されている薬物療法は、「ホルモン療法」「化学療法」「抗HER2(ハーツー)療法」の3種類です。
―詳しくは「薬物療法」をご覧ください―

サブタイプ分類を行う大きなメリットとしては、何がありますか?

井本やはり、患者さんごとに乳癌のタイプを評価したうえで、適切な治療の実現が目指せるようになったことが大きいと思います。また、ルミナールAタイプであれば、化学療法ではなくホルモン療法薬を中心とした治療を行う、ということで、過剰な治療を回避することができる点もメリットの一つです。

ただ、少し専門的な話をしますと、サブタイプ分類はもともと遺伝子の解析に基づいて考えられたものです。ところが、実際の臨床では「免疫組織染色」といって、生検や手術で採取したがん細胞に発現している関連タンパク質を染色してタイプ判定をしているため、遺伝子によるタイプ分類と少しずれが生じてしまうことがあります。

たとえば、「トリプルネガティブ」とひとくくりにされますが、その中の数パーセントに「ホルモン感受性」のあるタイプも含まれることが分かっています。また、トリプルネガティブでは、抗がん剤によく反応するタイプとあまり効かないタイプがあることも明らかになってきました。このように、サブタイプ分類による個別化治療の実現においては、まだまだ課題も大きいというのが現状です。

ホルモン療法(内分泌療法)

手術後の再発防止に用いられる主なホルモン療法薬には「LH-RHアゴニスト製剤」「抗エストロゲン薬(タモキシフェンなど)」「アロマターゼ阻害薬」があります。閉経前と閉経後では女性ホルモンの分泌の仕方が大きく異なるため、薬剤も、それにあったものを使用します。術後ホルモン療法は、5年間続けるのが一般的です。進行および再発後の乳癌では、黄体ホルモン薬や抗エストロゲン薬のフルベストラントなどが用いられることもあります。
ホルモン療法の主な副作用には、ほてり、発汗、のぼせ、めまい、などの更年期症状があります。

トリプルネガティブと診断された患者さんは、不安も大きいようですが…

井本確かに、トリプルネガティブの乳癌ですと、現時点では治療の選択肢が化学療法に限られます。また、このタイプは、手術後1~3年で再発することが多いことから、予後が悪い厄介ながんと思われています。ただ、別な言い方をすると、手術後1~3年の再発しやすい時期を過ぎてしまえば、再発はぐんと少なくなります。つまり、治る人は治っているわけです。

一方、ホルモン療法に反応するルミナールタイプ(ホルモン感受性乳癌)の場合、術後5年以上たってから再発することが少なくありません。

実をいうと、トリプルネガティブとルミナールタイプは、治療法や再発時期などは大きく異なりますが、トータルでの再発率を比較すると、大きな違いがないことが分かっています。術後のホルモン療法は5年間行うことが一般的ですが、5年経過後の再発を抑えるために、さらに長く投与したほうがいいのでは、という意見もあり、研究が進められています。

次回は、

  • 転移・遠隔転移とは?
  • 再発後の治療戦略について
  • 手術後のホルモン療法を受けても再発したら?

というテーマでお話を伺います。

プロフィール

井本 滋(いもと しげる)  杏林大学医学部外科(乳腺)教授

1960年東京都生まれ。1985年慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部一般消化器外科、足利赤十字病院外科などを経て、1992年国立がんセンター東病院乳腺外科にて14年勤務。 2007年より現職。
センチネルリンパ節生検の国内での標準化に貢献した乳癌治療のスペシャリストの1人。バイオマーカーや新しい低侵襲手術に関する臨床研究においてもアクテイブに活動し、現在、乳管内進展の少ない2cm以下の乳癌を対象としたラジオ波焼灼治療の第II相臨床試験を行っている。また、国内外の臨床試験にも積極的に参加している。2012年日本乳癌学会のサテライトシンポジウム「乳癌ラジオ波焼灼療法-これまでとこれから」において「乳癌低侵襲治療の今後」をテーマに講演している。
日本外科学会専門医 日本乳癌学会専門医 日本がん治療認定医 日本乳癌学会理事 日本癌学会評議員 など