納得のいく治療を受けるために
「標準治療について理解を深めましょう」

取材・構成:リノ・メディカル株式会社

NO.1 標準治療の位置づけとガイドラインの役割について

杏林大学医学部外科(乳腺)教授 井本 滋(いもと しげる)
杏林大学医学部外科(乳腺)教授
井本 滋(いもと しげる)

乳房切除、乳房温存、化学療法、放射線治療・・・。乳癌にはさまざまな治療法があります。納得できる治療を受けるためには、標準治療を知っておくことが大切と言われています。そもそも標準治療とはどういうものでしょうか。

今回は、日本乳癌学会専門医の杏林大学医学部外科(乳腺)教授 井本 滋先生に、乳癌の標準治療の位置づけと実際の乳癌治療の進め方について、お話を伺いました。

「標準治療」とは、現時点でいちばん間違いのない治療

最近は、医師から手術や化学療法など「標準治療をもとに治療を進めます」といわれることも増えているようです。標準治療とは何か教えていただけますか。

井本一言でいいますと、標準治療とは、「現時点で最も間違いのない治療」と言えます。

たとえば、今から30年前までは、乳癌になったら乳腺を全部切除する、というのが標準的な治療法であり、乳房温存手術は当時としては研究段階の治療法でした。また、「センチネルリンパ節生検注1」や「術前化学療法注2」も、標準治療となったのはここ5年ほどのことで、それ以前は研究段階の先進的な取り組みという位置づけでした。「現時点で」と申し上げたのは、標準治療は唯一絶対のものではなく、医療の進歩を受けて変化していくものだからです。特に最近は、乳癌診療の進歩のスピードが速くなっているので、昔は10年くらいのスパンで標準治療が変わっていったものが、最近は5年ごとに変わりつつある、という印象があります。

注1 センチネルリンパ節生検:わきのリンパ節に対する手術
注2 術前化学療法:手術前に行う薬物治療

―詳しくは「ステージ別の治療内容、初期治療について知る - その他の新しい治療」をご覧ください―

「標準治療」と言われると、「最先端ではない治療」とか「ありきたりの治療」というイメージを持つ患者さんもいらっしゃるのではないですか?

井本たしかに、「最先端」とか「先進的」という言い方をするとよく効きそうなイメージがありますが、これらの新しい治療法の多くは、臨床効果(治療効果)がまだ十分に検証されていない研究段階のものです。

乳癌という病気は、他のがんと比べて経過が長く、手術後10年経ってから再発することも稀ではありませんから、研究段階で短期的な臨床効果しか検証されていない治療法よりは、5~10年以上の長期的な有効性や安全性がきちんと検証されていて、専門家が標準治療として合意したものを選ぶことが、その時点で「最も間違いのない選択」と考えることができます。

標準治療は、どのようにして決められるのでしょうか?

井本基本的には、臨床試験の結果に基づいて決められます。

乳癌に限らず、どのような病気でも、より良い治療法を検討するために、多くの臨床試験が行われます。その中で特に重要なのは、多数の患者さんを対象としたきちんと計画された臨床試験で、「今までの標準治療」と「新しい治療」の有効性と安全性を比較した結果です。このような大規模な質の高い比較試験で明らかに有効性に優れ、かつ安全に治療できることが証明され、専門家の間で合意や推奨が得られた治療法が「標準治療」になります。

また、評価対象の少ない小規模な試験であっても、同じ治療法を比較した臨床試験をいくつか組み合わせて解析(メタアナリシス)することで、質の高い評価結果を得ることができます。

この場合の「新しい標準治療」は、新薬などの全く新しい治療のこともありますし、薬剤の投与法の変更のように、今の標準治療をもとに手を加えたものもあります。手術法や放射線療法のように、薬剤以外の治療法のこともあります。また、標準治療は1つだけとは限らず、複数の治療法が示される場合もあります。そして、これらの標準治療は「診療ガイドライン」にまとめられ、診療の指針とする、というのが一般的な流れです。

-参考-

ガイドラインは治療の指針を示すもの。
実際は医師が柔軟に使いこなしてこそ意味がある。

「診療ガイドライン」では、推奨グレードが記載されていますが、実際の治療においてガイドラインは絶対に守らなければならないものですか?

井本診療ガイドラインは、決まった治療法を強制するものではありません。

診療ガイドラインは、適切に用いれば医師や患者さんにとって有用な情報源となりますし、医療チーム内の治療方針を共有したり、地域の医療格差を無くす「均てん化」を進めるうえでも重要です。しかし、診療ガイドラインは、医師の経験や裁量を無視したり、強制するものではありません。個々の患者さんの状況や希望が異なりますので、最終的にどの治療法を選択するかは、個々の患者さんや医師によって違いがあることは当然です。

また、診療ガイドラインで推奨されていない新しい治療法であっても、臨床的な有効性が証明された場合には、ガイドラインに未だ記載されていない段階でも、新しい治療法として患者さんにお奨めすることもあります。

では、同じ病院でも、担当医が違えば治療方針が違うことはありますか?

井本施設によって多少異なると思いますが、当施設(杏林大学病院)の場合は、乳腺外科のチーム内で、年に2回程度集まって基本的な治療方針を確認しています。ただし、治療の味付けは医師によって多少違うかもしれません。治療の選択肢は1つとは限りませんから、たとえば「化学療法を行う」という治療方針は同じでも、アンスラサイクリン系の抗がん剤を使うか、タキサン系の抗がん剤にするか、といったことは絶対的な基準はないので、医師によって選択が異なることはあります。このような場合、個々の患者さんの意志や希望が判断材料としてとても重要になりますので、患者さんも、確認したいことや希望があれば、医師にきちんと伝えるようにしていただきたいと思います。

化学療法(抗がん剤による治療)

抗がん剤を使って、がん細胞の増殖を抑制したり死滅させる治療法です。
乳癌の初期治療では、臨床試験によって高い効果が期待できる抗がん剤の組合せ・投与量・投与期間が確認されており、標準治療として推奨されています。
―詳しくは「各種の治療法 化学療法(抗がん剤による治療)」をご覧ください―

今は、インターネットなどを通じて新しい医療情報を入手することができるようになりました。患者さんから海外学会での発表などについて質問されることも増えているとか?

井本ええ、多くなりました。特に、再発された患者さんではこうした情報への期待が高いように感じます。ただ、海外学会などで発表されるデータや比較試験の結果は、中間的な解析で、臨床で使える段階には至っていないものも多く含まれています。私自身、患者さんから質問を受けたときは、データの背景を説明したうえで、「もう少し長く見る必要がある」、とか「まだ最終的な評価に達していない」、というようにデータをどのように解釈したらいいかを具体的に説明をするようにしています。

「少しでもいい治療を」と望むあまり、先走りがちになりますが、初期の解析でいい結果が得られても、それ以降の解析で期待通りの結果が得られないこともありますので、最終的な結果が得られるまで、慎重に結果を待つ必要があります。最新情報については、先走らないことが重要です。

次回は、

  • 個別化治療とは?
  • ホルモン受容体陽性とホルモン受容体陰性とは?
  • トリプルネガティブってなに?

というテーマでお話を伺います。

プロフィール

井本 滋(いもと しげる)  杏林大学医学部外科(乳腺)教授

1960年東京都生まれ。1985年慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部一般消化器外科、足利赤十字病院外科などを経て、1992年国立がんセンター東病院乳腺外科にて14年勤務。 2007年より現職。
センチネルリンパ節生検の国内での標準化に貢献した乳癌治療のスペシャリストの1人。バイオマーカーや新しい低侵襲手術に関する臨床研究においてもアクテイブに活動し、現在、乳管内進展の少ない2cm以下の乳癌を対象としたラジオ波焼灼治療の第II相臨床試験を行っている。また、国内外の臨床試験にも積極的に参加している。2012年日本乳癌学会のサテライトシンポジウム「乳癌ラジオ波焼灼療法-これまでとこれから」において「乳癌低侵襲治療の今後」をテーマに講演している。
日本外科学会専門医 日本乳癌学会専門医 日本がん治療認定医 日本乳癌学会理事 日本癌学会評議員 など