きれいに治す乳癌治療を目指して

最終更新日 2017年2月23日
取材・構成:リノ・メディカル株式会社

杏林大学医学部外科(乳腺)教授 井本 滋(いもと しげる)
杏林大学医学部外科(乳腺)教授
井本 滋(いもと しげる)

乳癌手術後の乳房がどうなるか、女性なら誰でも心配するところでしょう。現在、約6割に乳房を残す〝乳房温存手術〟が行われていますが、最近では、乳房温存手術の適応であっても、術後の変形が大きいと予想される場合は、再建手術を前提に乳房の全切除術を検討する人も増えているようです。 乳癌の手術における最近の流れについて伺いました。

必ずしも「早期乳癌=乳房温存」とは限らない

下のグラフにあるように、2003年ごろから乳房温存手術と切除術の割合が逆転して多数を占めるようになりました。乳房温存手術とはどのような手術か、なぜ増加したのか、その背景を教えてください。

日本の乳癌手術術式の変遷 説明図

井本乳房温存手術は、しこりを含めた乳房の一部分を切除する「部分切除」のことを言います。温存手術は、術後の放射線療法と組み合わせる「乳房温存療法」として行うことが原則です。

かつては、乳房だけでなく周囲の筋肉を含め広く切除する方法が一般的でしたが、1980年代に入ると、欧米の臨床試験で乳癌は大きく切除しても生存率が向上しないことや、早期の乳癌については、乳房温存手術と放射線療法を組み合わせることで乳房切除術と生存率に差がないことが証明されたことから、我が国でも乳房温存手術が増え始め、現在では早期がんに対する標準治療として多くの施設で行われるようになっています。

乳房温存手術が適応となる場合、ならない場合

そもそも、どのような場合、乳房温存手術の適応となるのでしょうか?

井本基本的には、がんが周囲に広がっていないステージⅡまでの早期の乳癌で、しこりが3㎝以下の比較的小さな場合が対象となります。術後の整容性(美容的な仕上がり)が保てる場合は、4㎝までは対象としています。

ただし、乳房温存手術は術後の放射線療法とセットで行うことが原則ですので、妊娠などの理由で放射線療法が行えない場合は、温存手術の適応はなく、乳房切除術が選択されます。また、しこりが3㎝以下と小さくても、がんが乳房内に多発していたり、乳管の中を広範囲に広がっている場合も、温存手術の適応とはなりません。さらに、しこりの大きさと乳房のバランスから美容的な仕上がりがよくない場合や、患者さんが希望しない場合も、温存手術の適応とはならず、乳房切除術が選択されます(表1)。

乳房温存手術が適応にならない場合 説明図

しこりの大きさが3cm以下というのは、何か理由があるのでしょうか?

井本これは、乳房のボリュームに対するしこりの比率の問題が大きく関係しています。 温存手術では、しこり(腫瘍)とそのまわりの乳腺組織を2㎝程度広めに取って切除します。日本女性の乳房のボリュームは小さい人が多く、しこり(腫瘍径)が3cmの場合は取り除く範囲は7㎝になり、整容性が保ちにくくなることが多いのです。しかし、乳房のボリュームがあり、かつ温存乳房からの再発リスクが大変低いと考えられる場合は、3cm以上でも温存手術は可能です。

最近は、手術前に薬物療法(術前薬物療法)を受け、しこりを小さくしてから温存手術を受ける、という方法も増えてきていますが…。

井本確かに、少し大きながんについては、術前の薬物療法でしこりを小さくして温存療法を行うことが一般化してきています。実際、術前の化学療法がよく効いて、温存手術が可能になった患者さんもいらっしゃいます。

ただし、術前の薬物療法によってしこりが縮小したように見えても、MRIやCTなどの画像検査で確認すると、しこりの周囲に小さながん細胞がパラパラと残っていることがあります。そのような場合は、手術範囲も大きくなるため、温存手術は難しく切除手術が必要です。温存を目指していた方は少し残念に感じられるかもしれませんが、術前薬物治療を行うと、薬に対する反応性を確認して次の治療に生かすことができます。

たとえば、使っている薬の効果がないことが分かれば、早めに次のステップに移ることができますので、温存手術とならなくても、術前薬物療法を行う意味は十分あるとお考えください。

きれいな乳房を残すために

温存手術における術後の仕上がりは、切除する場所も大きく関係するようですが、実際はどうなのでしょうか?

井本術後の美容的な仕上がりを考えた場合は、しこりの大きさだけでなく、どこにしこりがあるかが重要になります。

乳房温存手術というと、術前と変わらないような乳房が残せると思う人も多いのですが、がんの大きさや広がり、場所によって、切除する範囲や傷痕の大きさ、乳房の変形は変わってきます。

たとえば、乳房の外側はボリュームがあるため、一部を切除しても比較的変形しにくいのですが、乳房の内側はボリュームが少ないため、変形が大きくなってしまいます。また、乳首のすぐ下を切除する場合も、くぼみができやすくなります。もちろん、我々乳腺外科医も、様々な手法を用いてできるだけきれいな乳房を残す努力はしますが、それでも、変形が残ってしまうこともあります。美容的な仕上がりが良くないと予想される場合は、温存にこだわらず、乳房再建手術を前提に切除手術をお勧めすることもあります。

きれいな乳房を残すために、どのような方法が行われているでしょうか?

井本大きく3つの方法があると思います。

1つは、温存手術後の乳房の変形をできるだけ少なくするために、変形を補正する方法です。

切除範囲によって工夫の仕方は異なりますが、欠損部分を周囲の脂肪組織を充填して形を整えたり、傷跡を目立たなくするために、乳輪のふちに沿って切開することも、よく行われています。また、施設によっては、きれいなふくらみを残すため、乳腺をやや大きく切除し、背中の筋肉(広背筋)と皮膚を移植して切除部分を補填する方法を採用しているところもあります。

2つ目は、温存手術にこだわらず、乳房切除術とセットで乳房再建術を受ける方法です。

乳房再建には、自家組織による再建と、組織拡張器を用いた人工乳房による再建の2種類あります。また、手術を受ける時期により、一期再建と二期再建があります。どちらも、メリットとデメリットがあり、適応が異なることもありますので、事前に検討しておかれるとよいでしょう。

自己検診 イラスト

※乳房再建術については
 「乳癌ナレッジ」をご覧ください

3つめは、「オンコプラスティックサージャリー」と呼ばれるものです。

「オンコプラスティックサージャリー」とは、乳癌の根治性と整容性を両立させるための手術法で、個々の患者さんの乳房の状態に合わせて形成外科的なテクニックを駆使し、見た目にきれいな乳房を形成する方法です。欧米を中心に普及してきたもので、日本でも最近取り入れられるようになってきています。広い意味では、前述した2つの方法もオンコプラスティックサージャリーに入りますが、本来の目的は、乳房の乳頭乳輪の対称性を保ち、左右のバランスがとれた乳房を形成することにあり、温存手術時に皮膚の下の乳腺をはがしたり、切開を追加することで、乳腺の形を整えたり、乳頭乳輪の位置を移動させたりします。また、乳房のボリュームが不足している場合は自家組織で補填したり、両胸の左右差が大きい場合には、もう一方の乳房(健側乳房)にメスを入れて調整することもあります。通常の乳房温存手術と比べてメスを入れる範囲が大きくなりますが、傷跡が治れば、見た目にきれいな乳房ができあがります。私自身は、まだ取り入れてはいませんが、日本でも乳房オンコプラスティックサージャリー学会が立ち上がっていますので、徐々に普及していくものと思われます。

手術の前に確認しておきたいこと

先生のご施設では、術後の変形が大きいと予想される場合、患者さんにどのような説明をされていますか?

井本当施設(杏林大学病院)には院内に形成外科がありますので、1/4以上の乳房切除が必要となり変形の可能性が大きいと予想される場合は、形成外科を受診していただき、実際の症例写真などを確認していただいたうえで、ご本人の状態や希望をもとに、可能な選択肢をお示しするようにしています。

術後の整容性を考慮すると、やはり形成外科と乳腺科の連携が必要になるのでしょうか?

井本形成外科との連携があれば、切除手術と同時に乳房再建が行えますので、選択の幅が広がります。しかし、実際には、形成外科と乳腺科がチームを組んで再建手術を行えるという病院は多くありません。この点は悩ましいところですが、施設内に形成外科がなくても、再建手術を得意としている医療機関や専門クリニックと連携をとっているところもありますので、形成外科との連携があるか確認しておくとよいでしょう。

最後に先生からアドバイスをお願いします

井本一口に乳房温存手術と言っても しこりの大きさや部位によって切除範囲は異なります。また、温存手術後は、温存した乳房内の再発を予防する目的で、術後に放射線治療を受けることが必要になりますが、放射線照射を受けた皮膚は伸びにくく、組織も硬くなるため、温存療法後に変形した乳房を改めて再建するのは難しいことが多いのです。従って、温存手術を受ける際には、形はどのくらい変わる可能性があるか、術後の仕上がりはどうなるか、あらかじめ医師に確認しておくことが大切です。そのうえで、ご自分の希望があれば医師に伝え、他の選択肢がある場合は、それらのメリットとデメリットを十分検討しながら、納得のいく手術法を選択していただきたいと思います。

ありがとうございました

プロフィール

井本 滋(いもと しげる)  杏林大学医学部外科(乳腺)教授

1960年東京都生まれ。1985年慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部一般消化器外科、足利赤十字病院外科などを経て、1992年国立がんセンター東病院乳腺外科にて14年勤務。 2007年より現職。
センチネルリンパ節生検の国内での標準化に貢献した乳癌治療のスペシャリストの1人。バイオマーカーや新しい低侵襲手術に関する臨床研究においてもアクテイブに活動し、現在、乳管内進展の少ない2cm以下の乳癌を対象としたラジオ波焼灼治療の第II相臨床試験を行っている。また、国内外の臨床試験にも積極的に参加している。2012年日本乳癌学会のサテライトシンポジウム「乳癌ラジオ波焼灼療法-これまでとこれから」において「乳癌低侵襲治療の今後」をテーマに講演している。
日本外科学会専門医 日本乳癌学会専門医 日本がん治療認定医 日本乳癌学会理事 日本癌学会評議員 など